哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

北渓字義ノート 63 二十五 鬼神(10~12)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

北渓字義  二十五章 鬼神(全39節)

二十五-10

古の人の祭祀

魂気は天に帰り、魄気は地に帰る

→祖先の御霊を陽の気によって求めたり、陰の気によって求めたりする。

礼記』祭義篇

「生贄の羊の血と脂を炊くとし、見(まじ)うるに蓬を以ってす。以って気に報ゆるなり」

「黍を薦め、生贄の羊の肝臓・肺臓・頭・心臓を羞(すす)め、加うるに黒黍の酒にウコンの地下茎を煮たものを混ぜたもの(祭祀に用いる)も以ってす。以って魄に報ゆるなり」

と有る。

他にも礼記には鬼神を招く儀式の意味が書かれている。

二十五-11

礼記』楽記篇

「明には則ち礼楽有り、幽には則ち鬼神有り」

→鬼神は礼楽の道理。

楽で神を祀る→楽の音声の発揚が陽に属しているから。

礼で鬼を祀る→礼は固定しているものであり、陰に属しているから。

だから同じく楽記篇で「学は和を敦くし、神に率いて天に従う。礼は宜を別にし、鬼に居て地に従う」

と説いている。

二十五-12

孔子は『論語』で「吾祭に与らざれば、祭らざるが如し」と言っている。

誠意で接しない以上、鬼神と人とは交わらない。

 

 

続く