哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

北渓字義ノート 43 十五 道(5~10)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

北渓字義 十五章 道 第5節から

十五-5

道の根源

道は天から出ている。

天地が生じる以前から理がある。

理があれば、気がある。

気があれば、理は気の中にあり、気から離れるようなことは無い。

気は何処にでもある。ということは理も何処にでも行き渡っている。

理と気

天地が万物を発育するはたらき、日常生活における人間に関する出来事のさまざまな面にはたらき、そして現れている。

天地の中にあり万物の一つして生まれ、道を完全に備えており、道と共に生まれ、道から離れることが出来ない。

道を求めるなら

必ず人に関する事柄に即し、様々な当然の理を窮め尽くす必要がある。そうやってこそ始めて道を完全に体得して、本当の意味で自分の身に備え持つことが出来る。

仏教・老子荘子・烈子の説く異端邪説

自分自身に関する事柄を放棄し、陰陽二気の外を越え、天地が生じる以前の捉えがたいものをひたすら追い求めることを道の本当の在り方としている。

そんな道はとんでもない誤解であり、自分自身とは何の関係のないもの。

聖人への道を損なうものであるから学ぶ者は厳しく排除しなければならない。

儒学

広々とした大通りの様に平坦なもの。

学ぶ者も自暴自棄になり依り従わないようなことが有ってはならない。

十五-6

学ぶ者が道を求める場合

必ず事物の様々なありさまの中からみつけ、練磨しなければならない。

十五-7

道のはたらき

天地の中にあまねく行き渡り、どこにでも、どんなものにでもあり、欠けているものはどこにもない。

子思は「詩に云う、鳶飛んで天に戻(いた)り、魚淵に躍ると。其の上下察(あき)らかなるを言うなり」(『中庸章句』より)と言い、このことを証明しているが、これにより道は何処にでもあり、はっきりと現れていることを明確に知ることが出来る。

上の方で鳶が天高く飛びあがり、下の方で魚が淵に飛び跳ねている

→みな道理のはたらきである。

程子は「此れは是れ子思の喫緊に人の為にする処にして、活潑潑地なり」(『河南程氏遺書』より)と言った。

喫緊→最も大切なことを人に教えたということ。

活潑潑地→まるで生き物のように、本当にこの道理を目の当たりに見ているということ。

先の程子の言葉

顔回の言う「卓爾」(『論語』より)、孟子の言う「躍如」(『孟子』より)と全く意味の同じ言葉。二人とも、この道理をはっきりと理解していたので、前述のように説いた。

十五-8

『易』に「一陽一陰をこれ道と謂う」(『周易』繋辞上伝より)と書かれている。

陰陽は気。形をそなえているものであり、感覚によって知ることができるもの。

道は理であり、それも陰陽の理。形をそなえておらず、感覚によって知ることができないもの。

孔子はこれで天地の根源について論じた。

文字の意味は必ず本文に即してはっきりと理解しなければならない。

論語』の「道に志す」、「与に道に適くべし」、『老子』の「道は邇(ちか)きに在り」

→人に関する事柄について論じている。

聖人や賢人が人に道を説く場合は、人に関する事柄ついて説くことが多いが、「一陽一陰をこれ道と謂う」の一文だけは、孔子が『易』を解説するに当たり、道の由来根源について説いたもの。

十五-9

韓愈の『原道』にある「博く愛することをこれ仁と謂い、行いてこれを宜しくするをこれ義と謂う」

→全く外面から説いたもの。

同じく『原道』から

徳を論じて「己に足りて、外に待つことなし」

→完全無欠とは言えないが、まだ害はない。

「是れに由りて之(ゆ)くをこれ道と謂う」

→道は全く人の努力によって始めて生じるものになり、子思が『中庸』に書いた「性に率(したが)う」の意味の本当の道ではなくなってしまう。

老子

「道を失って、而る後に徳あり。徳を失って、而る後に仁あり。仁を失って、而る後に義あり」

→さらに道を超越的に説いて、徳・仁・義を完全にバラバラにしてしまっている。

揚雄の『楊子法言』

「老氏の道徳を言うを、吾取る有るのみ。仁義を搥提するは、吾取るなきのみ」

→道徳と仁義を完全に分離して、全く無関係なものにしている。

十五-10

韓愈の学問

根源のところが欠けている。

韓愈も道のはたらきが天下にあまねく行き渡っていることは、はっきりと理解していたが、道の本体が我が身に備わっていることには気づかなかった。

朱子の韓愈批判

「韓愈は『大学』を引用しながら致知格物には触れなかった。だから我が身を反省する際には特に工夫もせず、張籍らと詩を吟じ、酒を飲んで暮らしていた。心の中を堅く操り守るものが無かったので、後に左遷され寂しい生活の中で、不覚にも大顚和尚(唐代の禅僧)から仏教の教理を聞いて心を動かされてしまった。以来、おとなしく大顚和尚と一緒になって遊び、その昔、仏教や老荘思想の説を排斥したことをすっかり忘れてしまった」

 

これで 第十五章 「道」 は終わり。

 

次は 第十六章 「理」 から。

 

続く