哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

北渓字義ノート 37 十三 敬(3~6)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

北渓字義 十三章 敬 の続き

十三-3

人のこころのはたらき

霊妙であり、推し測ることができず、出入りに決まった時が時が無く、居場所がわからない。

敬→心を主宰し統率するためのもの。

敬が無い→心の行方は全くわからなくなってしまう。

敬があるなら心は失われずに存在する。

心を失われずに保持されており、走り回らさせず、散漫にさせず、常に目覚めさせているのが敬。

十三-4

主一

心に別のことを差し込む余地のないこと。

一つの事をしていて更に二つ目、三つ目のことを差し込み加えるなら、主一では無く、敬では無い。

朱子は「貳して以って二にすることなかれ、参じて以って三にすることなかれ」と述べているがその通りだ。

十三-5

何も用事が無い時、心が常に自分のところにあり、走り回らないのは主一。

用事が出来た時、心はそれに応じていくが、第二第三のことを差し込まないのも主一。

十三-6

無適

心が常に自分のところにあり、どこにも往かないこと。

 

 

続く