哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

北渓字義ノート 36 十二 誠(5~9)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

北渓字義 十二章 誠 の第5節から。

十二-5

『中庸章句』より

「君子はこれを誠にするを貴しと為す」

「これを誠にするは人の道なり」

→人が工夫や努力をする場合について述べたもの。

まだ、真実無妄でないのなら、必ず工夫をして真実無妄にならなければならない。

孟子の言う「誠を思うは人の道なり」は、これは子思が伝授した道理を正しく伝えている。

誠に関する古の人々の見解

天命について言う場合があり、人の工夫について言う場合がある。

「至誠」

→実は聖人がその身に備えている徳性のこと。

全ての道理が真実そのままで現れ、そこに嘘偽りが全く混じらない人にこそ「至誠」という言葉を当てはめることができる。

十二-6

誠を人で言う場合

聖人の誠は天の道。

賢人の誠は人の道。

十二-7

誠を理で言う場合

→「誠は物の終始」

誠を心で言う場合

→「誠ならざれば物なし」

※いずれも『中庸章句』より。

十二-8

君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友など

→実理として存在していないのなら、いつかは廃れてしまうだろう。実理として存在しているからこそいつまでも存在している。

いくら戦乱や非常事を経ても結局、滅びることはできない。

十二-9

誠と信の比較

誠は自然、信は人為。

誠は理、信は心。

誠は天道、信は人道。

誠は命からいい、信は性からいう。

誠は道からいい、信は徳からいう。

 

「誠」はここまで。

次は第十三章「敬」から。

 

続く