哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

北渓字義ノート 25 九 忠信(3~9)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

北渓字義 九章 忠信 第3節から

九-3

言説の上でいうときは、発言が真実であること。

仕事の上についていうときは、仕事の仕方が誠実であること。

言説では五常の信を指している。

仕事では忠信の信を指している。

九-4

忠信

誠に近い。

忠信は実であり、誠も実もということだが

誠→自然に実であること。

忠信→努力や工夫によって実にすること。

誠→本然の天賦の性としての真実の道理を文字で表したもの。

忠信→人が努力や工夫をすることに関して文字が作られた。

九-5

忠信の信と五常の信の区別の仕方

五常の信→心に備わっている実理。

忠信の信→言説が実であること。

必ずそれぞれの意味をはっきりと理解しなければいけない。

古の人の発言

忠信の信について述べたものが有る。

五常の信について述べたものが有る。

→一方だけにとらわれてはいけない。一方だけにとらわれると意味が通じなくなる。

九-6

聖人の立場での忠信→誠そのものであり天の道。

賢人の立場での忠信→誠を思うことであり人の道。

九-7

誠と忠信を比較する

誠→天の道。

忠信→人の道。

忠と信を比較する

忠→天の道。

信→人の道。

九-8

孔子は『論語』で「忠信を主とす」と説かれた。

賓客→よその人。出入りに決まった時が無い。

主人→我が家の主。いつも家の中に住んでいる。

忠信を我が心の主とすることとは、心の中がいつも忠信でなければならなくなり、常に心の中にいるということ。

心の中で主になっているものが忠信→心の中に備わっている多くの道理は全て実在ということになる。

心の中で主になっているものが忠信でない→一切の道理は全て空虚なものとなってしまう。

論語』で孔子が主の字を用いたのは、忠信を説明するにあたり、極めて有効である。

九-9

忠信ということがはっきりとわかる→どこへ行っても通じないことは無い。

主君に仕える時の忠→己の心を尽くして主君に仕えれば良い。

人の為に相談に乗る時の忠→己の心を尽くして相談に乗れば良い。

朋友と交際するときの信→実を以って朋友と交際すれば良い。

他国の人と交際するときの信→実を以って他国の人と交際すれば良い。

 

 

九章 忠信 はこれで終わり。

 

次は 十章 忠恕 から。

 

 

続く