哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

北渓字義ノート 21 八 仁義礼智信(16~18)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

北渓字義 八章 仁義礼智信 第16節から

八-16

仁・義・礼・智は二つに分けると仁と義の二つだけになる。

春夏秋冬の四季は、分けると陰と陽の二つだけになる。

春と夏→陽に属する。

秋と冬→陰に属する。

夏が盛んになるのは、春の発生が盛大になったもの。

冬の土地の終わりは、秋が草木を枯らし、土地に還ったもの。

礼儀三百、威儀三千は、天理のはたらきが顕著になったところ。

智の是非の確定は、義が裁制決断して正しく処置したところ。

朱子は「礼は仁の著、智は義の蔵」と言っている。

八-17

父子に親がある→仁。

君臣に義がある→義。

夫婦に別がある→礼。

長幼に序がある→智。

朋友に信があるのが信。

これは縦の関係からみた場合。

八-18

横の関係で見ると

仁→先の親・義・別・序・信が、みな心の中に備わっている天地のはたらきであるのは、仁でもある。

義→父子は親子でならなければならない。君臣は義でならなければならない。長幼は序でならなければならない。夫婦は別でならなければならない。朋友は信でならなければならない。

それぞれが理として宜しきに適っているのは、義でもある。

礼→親・義・別・序・信を行ない節文があるのは、礼でもある。

智→親・義・別・序・信を明確に知っているのは、智でもある。

信→親・義・別・序・信を嘘偽りなく誠実に行うのは、信でもある。

 

 

続く