哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

メモ書き「権利のための闘争」8

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

今回だけ趣向をちょっと変えてみる。

 

63頁~65頁

私は今まで異なる職業毎の権利感覚を述べてきたが、それは何のためか?

どんな権利者も自分の権利を守ることにより自分の倫理的生存条件を守るという命題…これは真理であって、この真理に正しい光を与える為にやって来たことに過ぎないのである。このために私は多くの職業を例に挙げてきたのだ。

農民、将校、商人それぞれが最も高い権利感覚が異なるのは身分特有の生存条件に関わることなのだが、これこそが権利感覚の示す反応は気質や性格といった個人的要素だけでなく、社会的要素…そう、それぞれの身分独自の生活にとって彼らに該当する法制度が欠かせないものだという感覚に基づいたという事がわかるではないか。

権利侵害があった場合、権利感覚がどれだけ強く発揮できるかということこそ、個人や身分や国民が自分と自己独自の生活の為の権利の意義、言うならば「権利一般及び具体的な法制度の意義」をどれだけよく理解しているかについての最も確かな指標なのである。

この命題は私は普遍的真理であると考えている。公法にも私法にも当て嵌まることである。様々な身分が自分の存在の本質を侵害する者に対し敏感な反応を示すのと同様に国家もまた、それぞれに国の生存条件を具体化する諸制度に対して敏感である。

その諸制度が持つ価値の指標となるのが刑法なのである。刑法の分野の立法は、刑罰の厳しさには驚くほどの差異があるが、これは国家としての生存条件の多様性に由来するものである。どんな国家も自国の生存条件を脅かす犯罪は最も厳しくし、その他の罪は、しばし極めて軽い処罰で済ませている。

モーゼの律法に代表される神権政治国家は瀆神と偶像崇拝を死刑と決めつける一方、土地境界移動の罪を軽く見ている。

これとは逆に古代ローマ法の様な農業国家は、土地境界移動罪に重い刑罰を与える一方、瀆神者は極めて軽い処罰で済ませている。

商業国家は、通貨偽造罪やその他偽造の罪。軍事国家は不服従罪や服務規律違反等々。絶対主義国家は大逆罪。共和制国家は王政復古運動の罪が最も重い罪となり、他の一般の罪と比べて非常に厳しく罰せられる。要するに、国家や個人の権利感覚の反応というのは固有の生存条件が直接的脅威に曝されているいると感じた時に最も激しいものとなるのである。

今、私が話したことであるが、聡明なる諸君ならばご承知のことであろう。

私が話したことはモンテスキューが「法の精神」においてはじめて指摘し定式化した考えを用いているに過ぎないことなのだ。モンテスキューが行ったこのことは彼の不朽の功績なのである。

 

なんか講演というよりも演説みたいになってしまったよ…。

 

続く