哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

陳淳で朱子学入門 5 北渓字義 一 命(8)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

一 命の第8節から

 

一の8

Q「天が命令するというのは、天上にある存在がいて、命令をするということなのですか?」

A「天は理以外の何物でもありません。古の人が天という場合は、理の事をいってるのです。程頤(ていい)先生は『それ天は、専らこれを言えば則ち道なり、天すら且つ違わずというが是れなり』と言われており、また『天なる者は道なり』と言われています。『論語集注』では『罪を天に獲』について『天は則ち理也』と言い、『周易本義』では『天に先んじて違わずとは、意の為す所、黙して道と契すると謂う。天に遅れて天を奉ずとは、理の是の如くなるを知りて、奉じてこれを行うを謂う』と言い、また私(陳淳)が朱子に親しく教えを受けていた時に『上帝震怒すとは、また只だ是れ其の理此の如し。天下理より尊きはなし、故に帝を以ってこれに名づく』と説かれました。これらのことで、天が理であることが分かるのです。ですので、上の方にあり蒼々としているのは、天の形体なのです。上天の形体は気の面から説明しており、『上天の載』は理の面から説明しているのです。

 

時間が無いのでここまで

 

文の引用先

周易程氏伝(巻一)、論語論語集注、周易本義、書経朱子語類(巻四)、中庸章句(第33章)、詩経