目眩帳

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

陳淳で朱子学入門 3 北渓字義 一 命(6)

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

一 命の第6節から

 

一の6

Q「天が命じるということは、天の偉大なはたらきが隅々まで行き渡り、物に授けていることが物に申し付けていることと同じだからです。これを人の面から考えると、天が命じるとはどういうことをさすのでしょうか」

A「天は親切丁寧に命じたりはしません。理としてそうなるだけなのです。孟子は、天子の位を賢者や子供に与える時にはこのように説明しています。『天言わず。行と事とを以ってこれを示すのみ。(中略)これをして祭を主らしめて、百神これを享く。是れ民これを受くるなり。天これを与え、人これを与う』また『これを為すこと莫くして為す者は天なり。これを致すこと莫くして至る者は命なり』とも言っています。これで天と命の関係が非常にはっきりします。例えば周の武王の為に孟津に膨大な数のの諸侯達が集まったのも自然にそうなった事でして、人の力で強制して集まったわけではないのです。これが天命の在り方なのです。武王は天命に従い、民の願いに応えただけのことなのです。ですが、ここまで来ると、聖人の臨機応変の対応であり、聖人や賢者で無いとわからないのです。常人には理解できません。唐の陸宣公(754年~805年 唐の政治家)は『人事の尽くる処、是れ天理と謂う』と言いました。人のできる限りのことをやり尽くして、人の力が入るところの余地の全くないものが天の仕業という事です。この考えはとても緻密なものであり、陸宣公の学問もこのような境地にまで達していたことがわかります。罪を犯しての刑死や、崩れそうな高い石垣が落ちてきて押しつぶされて死んだりするのは自然の成り行きという点では正しい命とは言えないでしょう。人が自分自身で招き寄せたことなので天ではないのです。人が、人としての道を全うして死んだのなら、正しい命と言えるでしょう。その時に、その人生の中で巡り合った良いこと悪いことはみな招き寄せないでやってきたものなので天命と言えますが、人の力で招き寄せたとは言えないでしょう」

 

文の引用先

孟子史記、易、

※尚、陸宣公の言葉は正式な出典先は不明。「陸宣公奏議」によれば、陸宣公は天命よりも人事を優先させるという政治哲学があったとのことです。

 

続く