哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

Laozi said so. 28:おまけ5

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

 

最後は適当にだらだらと書きます。引用とかしません。

 

最初はネットで孫引きして意味不明な言葉をツイートしてる連中のケツを蹴り飛ばしてやるぜという気持ちで書いてたのですが、今はどうでもよくなりました。

 

老子の要約をやっている内に、先月亡くなった母方の祖母のことを連想したんですよ。

いつも優しく、出しゃばらず、人を励ましていた祖母。

苦労して野良仕事をしながら四人の子どもを育てました。

朝は起きて家事と農作業を行ない夜に寝る。

過剰な味付けの御馳走は好まず、畑で穫れた野菜や豆を好んで食べてました。

具合が悪くなり食事を摂るのも難しい状況になっていきました。

そして夜に眠りながら苦しむことなくこの世に別れを告げました。106歳でした。

 

コロナ禍の影響で東京から葬儀に行く事は出来ませんでした。

東京からの参列者は来ても構わないが葬儀場以外のところに行ってはいけない。実家で思い出に浸りたくても、そんなことをしたら「東京の者を呼び込んで」と喪主を務めてくれた叔父さんが村八分に成り兼ねない。叔父からも「できればコロナが落ち着いたらゆっくりと墓参りに来てほしい」と言われたこともあり、墓参りには行かずに香典を贈るだけにしました。

 

せめて遺影でも飾ろうと写真立てを買い祖母の写真を家で探したのですが、亡くなる直前に送られてきた寝たきりの写真しか有りませんでした。向こうも悪意は無く、現状を伝えてくれただけなのですが、タイミングが悪く、その直後に無くなりました。

「こんな写真しかない」と母は泣き崩れました。「なんかある筈だ。あきらめずに探そう」と母を励まし、家に有るアルバムを探したら見つからない。やはり無いのかと思い、母の卒業アルバムをめくっていたら、40歳ごろの祖母の写真が挟まっていたんですよ。60年以上前に撮影されたものですが、良い状態の写真でした。母も子供の頃に遊んでくれたり一緒に野良仕事の手伝いをしていた時を思い出したのか喜んでくれました。

今はその写真を飾っています。

 

最近、祖母こそ道の体得者だったのではないかと思えてくるんですよね。老子の要約をしている内に「そういえば、祖母はこんな感じの人だったなあ」と思えてくることが溢れてきたんですよ。振り返ると無為自然に生きた祖母でした。

 

叔父は無事に葬儀を行ってくれました。香典返しが来た時に母は「もう会えないんだ」と泣きましたが、「絶対に二人で墓参りに行こう。あきらめちゃだめだ。それまでは健康に気を付けて身体を丈夫にしよう。それが唯一できることだ。泣いてばかりだと祖母も悲しむ。絶対に行こう。足腰が弱くなったら俺が担いででもおんぶしてでも連れて行く」と老子の文の一節を引用することも含めて励ましました。今は親子二人でチューブトレーニングをやってます。

 

後日、会社の後輩に

「母親を墓参りに連れていくためにトレーニングしている。鉄道の乗り換えで階段を登る時、おんぶしたり担げるようにできる為にね」

と言ったら、後輩から

「今は駅員さんがサポートしたり車椅子を貸してくれたりと助けてくれます。逆におんぶして階段の昇り降りをして事故になったらそれこそ迷惑ですよ」

と諫められてしまった。確かにその通りだ。

だが、変に頑固な私は

「金毘羅参りをした際に82歳の母をおんぶして石段を登った笹川良一が当時59歳だったことを知らんのか。あれを目指しているんだ。船の科学館に行くと銅像が有るぞ」

後輩「笹川良一って誰ですか?」

ジェネレーションギャップだね。

私「チャールズ・ブロンソンだって『ファミリーは命をかけて守れ』と言ってるだろうが。実際に言ってるのはブロンソンズだけどね」

後輩「チャールズ・ブロンソンって誰ですか?」

うん、ジェネレーションギャップだ。

私「君の言う通りだ。自分の意地で駅員さんや周囲の人に迷惑をかけてはいけない。よくわかったよ。諫めてくれてありがとう。それでもトレーニングは続ける。何かあった時に人を助けることができるし、なにかあった時に足手まといや迷惑をかけたくないからね。まずは君を担げるくらいの力を持つことを目標とするよ」

後輩「なぜその基準になるのかわけが分かりません」

その通りだと思います。

 

鍛えておくにこしたことは無いのでチューブトレーニングをやってます。

 

先日、母と一緒に父の墓参りに行きました。祖母の墓参りを実現できるために見守って欲しいと願いました。

帰りに花屋で売っていたホオズキを買って祖母と父の遺影の横に飾りました。

昔、父がホオズキ市に行ってホオズキを買って帰って来た時のことを思い出したのかもしれません。

 

ホオズキのおかげで遺影の周りが華やぎました。亡き二人も眺めて楽しんでいてくれればうれしいです。

 

老子の話はこれでお終い。

 

貞観政要に戻りますね。いい加減に進めないと。

 

終わり