哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

Laozi said so. 27:おまけ4

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

今回は、道教についての入門書レベルの解説です。

今回使用する本

入門 老荘思想(筑摩書房)

www.chikumashobo.co.jp

道教思想10講(岩波書店)

www.iwanami.co.jp

  

老荘思想イコール道教じゃないよ

老子道教の開祖や大家という書き方をしている本もあるけど、これは間違い。

古来からの中国の民間信仰老荘思想が加わりベースとなって生まれた宗教。前漢の時代には生まれたと言われている。いくらなんでも春秋時代道教はありませんよ。「老子道教の大家」なんて堂々と書いている孔子の伝記漫画が書店に並んでいて本の帯には有名人の推薦文が有るんだから嫌になっちゃう。道教には仙人を目指したり病気を治したりなどのご利益を求めたものが多い。

老子の神格化と真・三國無双4猛将伝

やがて後漢末期に大きな教団が登場した。名は太平道。病気の治る水や護符を配り、入信すれば仙人になれると説いて信者を増やした。教祖は張角。そう、三国志でおなじみの黄巾の乱の指導者だ。彼らは「蒼天已に死す、黄天当に立つべし。歳は甲子に在り、天下大吉」(漢王朝の時代は終わった、これからは太平道の時代だ)のスローガンで中国で暴れまわった。結局は鎮圧され太平道は滅んだ。

ほぼ同時期に誕生したのが五斗米道。入信時に米5斗(約16㎏)を差し出すからこの名前がついた。これも病気が治るなどの現生利益を求めた宗教。後に張魯に引き継がれ漢中に宗教国家を築いた。後に曹操に投降したが、五斗米道の流れは名を変えながらも現在も続いている。

道教が大規模な教団化される流れなのか、老子は「太上老君」という仙人(というかほとんど神様)に神格化され、老子を信じている者の前にやがて救世主として現れるという扱いになってしまった。

ゲームの真・三國無双4猛将伝で「道術書争奪戦」というゲームシナリオが有る。

www.amazon.co.jp

張角左慈龐統の三人が太上老君が書いた道術書を巡って太上老君のところに行くという内容なんだ。道術というのは道教における秘術のこと。護符に力を与えたり、仙人になるための方法が書かれている本ということだ。

張角は自分らが崇める者から道術の極意を頂き更に太平道を広めたい。

左慈は乱世にこの本が有ると悪用されて危険なので自らの手で封印したい。左慈は実在の道士。張角と違い、教団化は行わずに、独自で仙人になる修行をしていた。左慈の弟子たちも仙人を目指していた。

龐統は道術で早く乱世を終わらせたい。真・三國無双シリーズの龐統ってなんか隠者や道士のイメージなんだよね。素顔は隠して(三国志演義だとブ男扱い)面倒くさがり。だが能力は高い。真・三國無双4のエンディングでは知恵は戦よりも平和のために使いたいとぼやいている。

ひと昔前のゲーム(PS2)だけど、真・三國無双シリーズで老子が登場していたんだ。

仏教の浸透と道教の反撃

前漢から中国にやって来た仏教だが、浸透には老荘思想が役に立った。仏教用語が中国語に翻訳されるときに老子に出てくる言葉が使われたんだ。他にも理由が有って(後述)中国に海外の宗教が浸透していった。

その一方、道教はかつてのような大きな教団も無く、仏教に押され気味だった。魏晋南北朝時代の宋の陸修静が、道教の経典の多くを集め整理し、それまで各宗派でばらばらであった道教の教えを統合して道教全体の枠組をスタンダード化して道教全体の強化を図ったんだ。この時の彼は皇帝から家を与えられてそこで研究を行っていた。北朝でも別の人物らで同様の動きが有った。そしてこれらの取り組みは後に花開くことになる。

唐帝国の成立と道教

魏晋南北朝時代は隋による統一で終わるが、暴政が原因で滅亡、各地の有力者たちが勢力争いをしていた。その中の李淵が自らを老子の末裔と名乗り、中国の大半を制圧して唐王朝が成立。李淵は初代皇帝高祖となった。貞観政要の主人公とも言える二代目皇帝太祖のお父さんだ。唐の初代皇帝が老子の末裔なので道教が大切にした。唐代の頃が中国で最も道教が盛んな時期だった。

唐滅亡後も全真教や正一教といった大きな教団が成立するなどの動きが有って、現代でも道教は信仰され続けている。

道教と仏教のルーツ争い

さっき老荘思想が中国での仏教の浸透に役立ったと書いたけど、その中の一つに「老子胡化説」という説が出てきたんだ。これは、牛に乗って旅に出た老子が外国で仏になって外国の教化を行なったのが仏教の始まりだったという説。お釈迦様でもご存じあるめえと言いたくなる話なんだけど、これが仏教という夷狄の宗教を中国に広めるのに役に立ったんだ。夷狄の教えでも元が老子の教えなら問題ないねということ。そしてこれが道教が仏教に対するイニシアティブ取りの道具にもなったんだ。

一方、仏教側も後に三聖派遣説を唱えだした。これは仏が仏教を中国に広める為に、弟子である三人の菩薩を中国に派遣した。そして一人は老子、一人は孔子、一人は顔回と名乗って儒教老荘思想と名を変え仏法の普及の準備をした。老子道徳経儒教五経も仏教の教えが受け入れられるための準備段階として書かれたもの。仏教を広めるために儒教道教を仏教側で事前に用意していたという凄い説。孔子が聞いたらびっくりするだろうね。こうやってせめぎ合っていたんだけど、長い年月が経つにつれ最終的には歩み寄って、儒教道教、仏教の三教は中国人の精神の屋台骨となっていった。

日本と道教

宗教としての道教は日本には伝来していないけど、不老長寿などを願う道教の神仙思想は古墳時代の日本に入ってきている。浦島太郎の話も仙人の国がモデルになっている。

神仙思想は昔から日本の知識人たちの関心の対象だった。多くの貴族たちが神仙世界に関する書や詩を残している。

三教の論点を比較してまとめたのは空海。「三教指帰」という本を書いて仏教の優位性を説いている。

道教の思想は江戸時代になって庶民にも広まっていった。貝原益軒の「養生訓」は道教思想と共通する面が多いとの指摘もある。

他にも色々有るけど、日本人にとって一番なじみ深いのは七福神の福禄寿と寿老人だろう。この二人は道教の神様で南極星の化身と言われている。

余談だけど、七福神の中で日本生まれの神様は恵比寿様だけ。福禄寿と寿老人と布袋様は中国由来。毘沙門天と大黒様と弁天様は元々はヒンドゥー教の神様。日本に来た時には仏教の神様になっていた。

 

 

道教の歴史などについてはこれでお終い。詳しい話は前述した「道教思想10講」に書いて有ります。

 

老子の話は次回で終わり。個人的な感想をだらだら書きます。

 

続く