哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

Laozi said so. 26:おまけ3

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

儒家道家についての話の続き。今回は私見ですから。

 

論語に登場する「隠者」

論語には隠者が多数出てくる。ここで隠者を道家と捉える。

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巻第八 季氏第十六 11章後半

「隠居して以て其の志しを求め、義を行ないて其の道を達す。吾れ其の語を聞く、未だ其の人を見ず。」

前半では孔子は善に努力し不善から遠ざかる人を見たことも聞いたこともあると言っている。だが、前半に出てくる様な人を隠者では聞いたことが有るが見たことは無いと言っている。

巻第九 微子第十八 五章前半

「楚の狂接輿、歌いて孔子を過ぐ、曰わく、鳳よ鳳よ、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諫むべからず、来たる者は猶お追うべし。已みなん已みなん。今の政に従う者は殆うし。」

後半、孔子は彼と話をしようとすると、彼はいなくなってしまって話をすることはできなかった。

鳳凰のように素晴らしい仲尼さんよ、この世は徳なんて無くなってしまっている。今の乱世で政治に関わろうとするのは生命を危険に晒すも同様のこと。いっそのこと身をひきなさい。その方が安全だと接輿は歌っている。狂とつくのは狂人のふりをしているから。才能を見せると利用されて捨てられるだけだから狂人のふりをしている。この辺りは「荘子」に出てくる「曳尾」の元ネタになった亀の話(大事にされた挙句、占いの為に殺されるくらいなら泥の中で一生のんびり過ごしたい。)や「曲がりくねってヤニだらけで材木として役に立たない故に木としての天寿を全うできたというクヌギの木の話」を連想する。

巻第九 微子第十八 六章後半

 「夫子憮然として曰わく、鳥獣は与に郡を同じくすべからず。吾れ斯の人の徒と与にするに非ずにして誰と与にかせん。天下道あらば、丘は与に易えざるなり。」

前半で孔子の弟子の子路が隠者の二人に「この河がせき止められないように乱世も改められない。あんたも理想の諸侯を探しては失望を繰り返す先生(孔子のこと)に仕えないで俺たちみたいに世捨て人に成った方がいいんじゃないのか?」と言われたことに対しての孔子の感想。世界に天の道が行き渡っていれば自分だって今のようなことはしていない。それでも人でいる以上、天の道が行き渡るよう目指して進まなくてどうするんだ。

現実は隠者の言う通りかもしれないが、それでも孔子は希望だけは捨てたくなかった。

巻第九 微子第十八 七章後半

子路が曰わく、仕えざれば義なし。長幼の節は廃すべからざるなり。君臣の義はこれを如何ぞ其れ廃すべけんや。其の身を潔くせんと欲して大倫を乱る。君子の仕うるや、其の義を行なわんとなり。道の行なわれざるや、已にこれを知れり。」

子路孔子の居場所を探している時に、竹かごを背負い杖を持った老人に出会った。子路が「私の先生を見掛けませんでしたか?」と尋ねると、老人は「手足を動かして農作業などの野良仕事をするわしがあんたの先生でないことは確かだ」と答えて草むしりを始めた。子路は「この人は只者ではない」と敬意を表すると、老人は子路を自分の家に一泊させ、料理でもてなし、自分の二人の子どもを紹介した。

翌日、子路孔子にこの件を話すと孔子は「その人は隠者だ」と言って子路と一緒に老人の家に行くも老人はその家にはいなく二人の子どもがいるだけだった。

後半の書下し文は子路が二人の子供に言った言葉。主に仕えなければ君臣の義は成立しない。昨日のご老人の私へのおもてなしと君たちを私に会わせてもらえたことから長幼の礼節は失ってはならないということはご老人も君たちもわかっている筈だ。同じように君臣の義も失ってはいけない事なんだ。立派な人が優れた主に仕えないというのも世の中の秩序を乱すことになる。君子が主に仕えるのは義を実行する為なんだ。今の世に天の道が行き渡ってないのは僕だってわかってる事だよ。

意訳するとこんな感じか。

子路も乱世の中であっても希望を見出そうとしていた。

孔子は隠者に会いたかった。

論語を読むと孔子が隠者(道家)に会いたかったことがわかる。

私見だが、このことから当時から儒家道家との間で交流があったのではないかと考えている。

戦国時代の荘子と恵施のやり取りは有名であるが、似たようなことが論語以外にも孔子の時代にもあったのではないだろうか。異なるところは多いが同じ徳治主義の知識人同士である。乱世に嫌気がさして隠遁生活を決め込み独自の処世術、統治術を身に付けて自分とその周辺の幸福を求めた道家と乱世の中でもより多くの人に善くなってもらいたいと苦しみながらも多くの人を教化しようとする儒家。互いに思うところが有ったのかもしれない。徳で世を良くしていきたいという気持ちは同じだったのだろう。

儒家道家のところを訪れ、語り合う。互いの意見を自分の糧とする一方、道家は今の世の中の情勢を儒家から聞くことが出来る。老子47章の冒頭「戸を出でずして天下を知り」とは実はこういうことかもしれないね。

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論語老子道徳経と中庸

以前に中庸の要約をやった。

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論語老子の似ている点は書きましたが、この本に出てくる儒教における最上の徳である「中庸」と老子に出てくる道の体得者の徳ってとても良く似てるんですよ。細かく違うところはいっぱいありますよ。けど、「言い方が違うだけなんじゃないのか」と思ったところがいっぱいありました。これも儒家道家の交流の結果なのかもしれない。そこに気づくだけでも老子と中庸の要約はやった価値が自分に有りました。こればっかりはみなさんで読み比べてみてくださいとしか言いようが有りません。

何故って?その方が面白いからです。私の下手な文章では伝えられんのです。

 

今回は「論語集注」も参考にしました。

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次は入門書レベルでの道教の紹介を「真・三國無双」シリーズも含めながら書いていきたいです。

 

 

 続く