哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

Laozi said so. 8:第33章~第37章

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

色々と思うことが有ってこのまま突っ走る。

老子道徳経第33章から

  

老子道徳経 第33章

人のことをよく知っているのは知恵者だ。だが、自分自身のことをよく知っている者はそれを上回る聡明な者と言えるね。

相手を打ち負かして勝つ者は力が有ると言える。だが、自分自身の私欲などに打ち克てる者こそが真の強者だと思うよ。

今の境遇を受け入れ余計な不満を持たずに安らぎを得られるものは幸せだよ。心が豊かなんだよ。努力を怠らない者は道を目指す強い意志があるからだよ。

自分に相応しい場所にいて守り続ける者は長く生きられるんだ。自分を見失っていないということだ。道を体得した者は死んだ後も生きた痕跡を残し続けている。これこそ本当の長寿と言えないかい?

第34章

 道は川が氾濫するように右左どこにでも行き渡っている。万物は道に頼って生きているが、道は何にも語ってくれない。功績が有っても自分のものにしようとしない。万物を慈しみ育てるが、支配者になろうとはしない。常に欲を持たず表面には出てこない。世俗の目には微かなものにしか認識されないから「小」とも言えるね。万物は全て道を頼って帰属しているが決して万物を支配しようとはしない。この素晴らしさは「大」とも言えるね。

だから道に沿った聖人は自分が大きな存在とは思わず謙虚であるので、皆からは慕われる。結局は本物の大きな存在になってしまうという事さ。

第35章

道に従って天下を歩んでいけば、どこへ行っても道が守ってくれるので危害を加えられることなく安泰でいられるんだ。

美しい音楽や旨い料理には、通りすがりの人も思わず足を止めてしまう。ところが、例えば俺が道について通りすがりの人たちに向けて何か語っても淡々としてそっけなくしか聞こえない。道はいくら姿を見ようとしても見えないし、いくらその出す音を聞こうとしても聞こえないからね。

ところが道に従って道を使うのならその使い方は無限なんだよ。

第36章

あるものを縮めようとする時には、必ずその前にしばらくの間、良く伸ばしてやる。

あるものを弱めようとする時には、必ずその前にしばらくの間、力を強めてやる。

あるものを衰えさせようとする時には、必ずその前にしばらくの間、繫栄させてやる。

あるものを奪おうとする時には、必ずその前にしばらくの間、与えてやる。

これは一見、わかり辛いやり方だが、効果は明らかだ。「微明」とでも言おうか。

一見柔らかく弱いものの方が、一見固くて強いものに勝つんだ。

魚は川の淵から出ると捕まってしまうから出てはいけない。人も同じだよ。

国を治める大切な道具も、やたら人に見せるもんじゃないんだよ。道を体得した聖人の知恵も同様さ。

第37章

道はいつも何もしないけど、あらゆることを成し遂げている。

王や諸侯が道に良く従い守って行くならば、万物はその王や諸侯に対し自然に感化されていくよ。

もし、万物が感化されても欲望が起こったなら、俺はその欲望に対して無名の新木のような精神で欲望を鎮めてやろうじゃないか。欲望も起こさず、みんなが心静かになれば、天下も自然に安定していくものさ。

 

 

この第37章で前半部分とも言える上篇(又は道篇)は終了。

次回からは第38章から第81章までの下篇(又は徳篇)に取り掛かります。

 

改めて読むとやっぱり面白いな。

 

続く