哲学ナックルダスター

主に東洋古典を自分の言葉で噛み砕いてくブログ。たまに俳句を詠んだり、他の記事も書きます

Laozi said so. 7:第28章~第32章

前回の続き

kamata-ei.hatenablog.com

ツイッターで見られる名言や格言の解説って、殆どがコピペだよね。

老子道徳経第28章から

 

老子道徳経 第28章

男の持つ剛強さを理解して、女性の持つ柔軟さを維持し続けると、万物が集まってくるこの世の母とも言える境地になれるんだ。

この世の母の境地に至れば、いつまでも変わらない徳が身に付き離れず、無垢な赤子の状態に戻れるってやつだ。

赤子のような真っ白で無垢な境地を理解して、真っ黒な渾沌の世界に身を投じ続けられれば、天下のお手本ともいえる存在になれるぞ。

天下のお手本ともいえる存在になれれば、身に付けたいつまでも変わらない徳も変わること無く、限界が無い道の世界に生きながらにして帰ることが出来るんだ。

栄誉を受ける立場であることを理解して、汚辱の立場に身を投じ続けられるのなら、万物が集まる天下の谷になれるってもんだ。

天下の谷になれれば、その身はいつまでも変わらない徳を身に付け、新木の様な状態に戻れるんだ。

伐られた新木は、加工されて器となる。器には決まった使い方しかないが、道を体得した聖人なら、あらゆる器を使いこなすことが出来る。この器が人ならば、聖人は人の能力を活かすことのできる人々をまとめ、指揮を執る長になれるんだよ。

最高の木の加工法ってのは、木を切ったりせずに自然そのままの状態にすることなんだよ。

第29章

人の手だけで天下を獲って治めようとして天下を獲った奴は見たことが無いよ。天下は万物が入っている不思議な巨大な器のようなものだ。人の手だけでどうにかなるもんじゃないんだよ。無理やりにでも治めようとするなら最後は大損害を被り、無理やりにでも手に入れようとするなら最後は手に入れられずに終わってしまうのさ。

先頭を走る奴もいれば最後尾でついてくる奴もいる。

ゆっくりと息を吐きかけて温める時もあれば、口をすぼめて勢いよく息を吹いて冷ますときもある。

身体を鍛えて強くなろうとする奴もいれば、酒や薬や贅沢に溺れて身体を弱めようとしている奴もいる。

車に乗せようとする奴も入れば、車から突き落とそうとする奴もいる。

だから聖人は極端なものは避けて、驕り高ぶるものから去って距離をとるんだよ。

第30章

道の体得者が君主を補佐することになった場合…軍事力で強国にしようとはしない。何かやったら必ず報いが来るからだよ。軍隊が駐屯した地は農地だったのが荒れ果て荊だらけの土地になってしまう。大きな戦が有った年は農業がまともにできやしない。だから翌年は必ず凶作になるよ。

良い政治家は自国内をよく治めることしか考えない。国を広げて強国になろうとは考えないんだよ。

自国内をよく治めたとしても…

自分の功績を誇ってはいけない。

自分の才能を誇ってはいけない。

「俺はよく国を治められるんだ」と驕り高ぶってってはいけない。

自国内をよく治めること以外でなにかやる時は、やむを得ずやらなくてはいけないことに限定するんだ。

物事は盛んになれば必ず衰退する。これは「不道」といって自然の道に外れた行為だ。不道になれば、すぐに滅んでしまうんだよ。

第31章

鋭い武器は不吉な道具とも言える。世の誰もがこれを嫌っている。だから道の体得者は武器を手にするような立場にはいない様にしている。

君子は平時は穢れたものを持たない左手を大事にし、戦時は武器を持つ右手を大事にする。武器は不吉な道具だ。本来なら君子が手にするものでは無い。やむを得ず使う時には武器に執着せずにあっさりと使うのが良い使い方だ。

戦いに勝利しても勝利を賛美してはいけない。勝利を賛美する奴は人殺しを楽しむような奴だよ。尤も、人殺しを楽しむような奴は全うな人生を送ることなんてできやしない。

慶事の時は左手を大事にし、不祝儀の時は右手を大事にする。

軍隊では位の高い将軍の方が右側に、位の低い将軍が左側に位置する。戦争は不祝儀だ。だからそれに従い将軍の位置も決まるんだよ。

戦いで多く人を殺すときは葬式の時と同様に悲哀を込めて泣き、戦いに勝利した後も葬式の時と同様に対処しなくてはいけないんだ。

第32章

道に決まり決まった名前を付けることは常にできない。

純粋素朴で道に近い存在とも言える新木のような人物は、いくら身分が低くても誰も自分の臣下にさせることはできない。

王や諸侯がこの新木のような立場を守り続けているのなら、民は慕って自ら帰服するだろうね。

王や諸侯がこの新木のような立場を守り続けているのなら、天地がまとまり、瑞祥として甘露の雨が降るだろうな。そうなったら命令なんてしなくても民はおのずと自分に相応しい場所を得て、天下は自然とまとまるだろうね。

新木は切って加工されて器になり、そこで初めて名が与えられる。名がついた以上は、その名の世界にとどまり続けることが大事だ。これができれば危険に晒されることは無い。

道の体得者と天下の関係を例えてみようか。川や谷川の水が流れて最後には大河や海に注がれるようなものさ。

 

 

続く